第742回 日曜発明学校(2021/11/14)

ご講演は、あま市七宝焼アートヴィレッジ館長の小林弘昌様でした。タイトルは『尾張七宝・・・世界を魅了した技術の始まり』です。名古屋とあま市の七宝焼を合わせ、尾張七宝というブランドになっていることでした。仏教用語に七宝という単語があり、美しくきらびやかな7種類の宝物のことです。まさに作られている工芸品にピッタリとのことで、七宝焼になったと伺いました。私の第一の疑問が解決しました。美しくきらびやか、仏教から命名ということです。
七宝焼アートヴィレッジ様の説明もいただきました。ビレッジでなく、ヴィレッジとされています。以下の話を聞かせてもらい、益々の興味を抱きました。小林様から、七宝焼に関する資料やアートヴィレッジ招待券もいただき、本当にありがたいことです。感謝申し上げます。


本編のお話しは、準備いただいたレジメの内容に従った丁寧なお話しでした。現在の尾張七宝の発明者・開祖梶常吉氏から始まる、ひとつのブランドを確立させるまでの物語であり、日本の歴史の1ページでした。そのお話しの中には、10人もの貢献者が現れ、その人々の繋がり、そして現在にどのように関係しているのかという話です。一番のエピソードは、何と言っても開祖梶常吉氏がこの芸術品を復興させようと腹に決め、サンプルとしてオランダから購入した高価な七宝焼をたたき割ってしまうところです。あくなき探求心のなせる業ということでしょう。即ち、このような行動なしでは、七宝焼の復元はできなかったということです。
七宝焼の作り方も、話にいれていただきました。本当にわかりやすく、工程がよくイメージできました。「植線」「施釉」の過程の後「焼き」に入るという特徴があります。また、焼き時間は何と10分程度という短さであること、またこれらの工程を複数繰り返すことなど、七宝焼というモノが、他の焼き物と何が違うのかという、私の第二の疑問にピッタリと当てはまるご説明でした。七宝焼とはそうやって作っているのか、大いに関心し納得した次第でした。
丁度、日本の明治時代に合わせて開催され始めた万国博覧会。そこへ尾張七宝を出展するために貢献された多くの方々があり、その皆様のお陰で、現在の日本の高い工芸品の評価があることもよくわかりました。日本人のすばらしい活動を思い知らされました。
大阪天満神社での大道芸人からヒントを得たというエピソードも、頭の中に一流品にするためには何をすればいいか、常に考えていないと着想しない話です。アイデア・発明には欠かせないエピソードだと思います。
銅板ベースだけでなく、銀ベースもあるとのこと。さらには金ベースも技術的には可能とのことです。オリンピックの金銀銅メダルのように、七宝焼の金銀銅も見てみたいものです。
七宝焼の秘術を受けついだ林庄五郎氏、証文をもって他言厳禁と約束していたにもかかわらず、何らかの事情で秘術を広めてしまった。しかしそれにより、今の七宝焼ブランドの確立まで繋がったというお話しでした。
尾張七宝に興味を持たせてもらったお話し、小林館長様、本当にありがとうございました。
超絶技巧の尾張七宝、世界に益々その名声を広げられんこと、心より期待しております。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。