第712回 日曜発明学校(2018/ 6/10)

午前は、株式会社シューゼット石田万友実様のご講演でした。演題を「シューゼットは5年に1度の一発屋」として、戦後の昭和から現代に至るまでの、製造・発明ご一家の芯があり柔軟な対応経緯を、愛あり危険あり、起伏激しい大物語としてお話しをいただきました。演題をつけられた理由がよくわかりました。休憩を入れていただくタイミングも絶妙であり、会場は、時間経過とともに、どんどんと話題に吸い込まれ、石田様のオーラにも包まれながら、発明についての要点や刺激を受けるとともに、世の変化とともに生きる大切さを強く感じた次第です。わざわざ東研のため、今回のご講演シナリオを作っていただきましたこと、本当にありがとうございました。
以下、少し、ご講演内容についてふれたいと思います。最初に、東研を高く持ち上げていただきました事、感謝申し上げます。大阪吉本様、発明学会松野様などの名前もありました。
皮切りは、戸田大宮の3名の町工場、石田鉄工所からのお話しでした。鉄の電信柱からアルミの飛行場へ、日本の宇宙産業の産声とともに転身をされたお話しです。悲壮感をもって挑戦された苦しい記憶とのことですが、「何か新しい事を始めないといけない」との信念で行動されたとのことです。ご家族へのやさしい視線を感じる一時でした。
ここからシューゼット様の事業の話です。航空宇宙事業が一つの柱であり、日本のロケットの地上実験機を製作されているとのことです。アルミ事業へ転身された結果とのことです。
事業のもうひとつが、石田万友実企画研究室。今回のシューゼットという商品を、進化発展されているお話しです。まず第一に、お母様(石田あつ子様)が、大分から上京の後、おかれた環境の中で多くの発明品に挑戦しつつ、このシューゼットを生みだされたというお話しでした。町工場が火の車の中、現在に至る33年間のシューゼットの歴史が始まったとのことです。昭和60年に、全国発明婦人協会で「三越賞」を受賞され、その8月にシューゼット誕生です。お母様の「プラス思考」が運を呼び寄せたとの感想もありました。
その後は、発明品シューゼットの好調であった時期、ピンチが訪れた時期、繰り返し起こるさまざまな出来ごとを、しっかりとご説明いただきました。
昭和60年(1985年)に発明品シューゼット誕生、1990年には男女兼用シューゼット、これが大ヒットとなった後、しばらくは絶好調。しかし、好調品であればあるほど類似品が出現する、その洗礼がありました。反骨・攻撃精神がほぼ消えていた点などを自己分析され、2003年にシューゼットキーパー、その後シューゼットキーパー2、いずれも大ヒット。通販で一位獲得など経て、2008年にスーパーブーツの発売。これもまた大ヒット。お付き合いされる方々も商工会議所始め広範囲となり、2013年のスーパーブーツ(伸縮タイプ)の発売に至るお話しです。大ヒットの後にやってくる類似品などへの防衛、知財で保護されるように取り組んだ新商品開発など、まさに5年毎に節目節目を乗り越えられてきたお話しでした。
その後、最終章となり、個人発明家が大企業を動かすというお話しは、大いに勉強になりました。また、発明品を販売する上で重要な感覚として「ゲーム感覚」を教えていただきました。ポーカーフェイスも必要であり、経験から強く実感されている「逆転現象」があることなど、個人発明家にとって、まずはゲーム参加の資格が必要である点などを説明いただきました。
ご講演を通し、信念と挑戦意欲を持ち続けこと、販売の構造は複雑に考えないことなど、シューゼット様の歴史を通し、しっかりと説明いただきました。本当にありがとうございました。
シューゼット様の、さらなるご発展を心より期待しております。

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